みやたしのぶの「投資小噺」

「羽子板市」と掛けて、「今年の振り返り」と解きます。その心は

私の住む浅草も、16日から18日までの羽子板市が終われば特にお正月までこれといったイベントがないので、寒さも手伝って静かな年末を迎えていたのですが、この数年は海外からの旅行者が引き続き多く訪れて頂けることからあまり変わらず賑やかに年末を迎えております。

この頃の浅草の風景を統計的に眺めると

最近出たとある不動産関連の会社さんによる統計によると、浅草のある台東区が都内でもっとも2018年にホテルなどの宿泊施設の開業があったそうです。のべ床面積的には都内で4位だったそうですから、小規模のホテルが数多く増えた、ということのようですが、確かに従来ならばあまり背の高くない事業用のビルだったところを更地にしてホテルを立てる、というのを浅草周辺であちこち見られますので、納得してしまいます。この傾向は来年も引き続き、ということのようですので、このインバウンド需要は2020年の東京オリンピックまでなのか、その先も、と見方が二つに分かれているなかで、浅草周辺では東京オリンピック後を見据えてのインバウンド需要に特化していくべく、そういう新しい事業を起こしていく人たちもたくさん浅草にやってくるのだろうな、と感じます。

浅草今昔記、じゃないけれど

ところで、多くの人がだいぶ忘れてしまっていることなのですが、実は浅草というのは常に時代の最先端のものがやってきていた土地柄なのです。もともと浅草寺に参拝する多くの人々に見世物や大道芸を供する人たちが集まっていたところに、明治に入って浅草寺とその周辺が日本で初めての公園として上野や王子の飛鳥山と並んで指定されたことで、その周辺にそれまでいた見世物や演芸などを上演する小屋が集められるようになりました。それから、浅草オペラや少女歌劇、映画、ジャズやラインダンス、などなど、数多くの娯楽が浅草にやってきて、そこから日本中に発信されてきていました。また以前取り上げた花やしきや凌雲閣(浅草十二階)のようなその時の高層ビル(!)が立てられたのも浅草でした。そうやって人が最先端の娯楽を呼び、そんな娯楽が人を呼ぶ、浅草は実はそんな土地柄なのです。

当社の今年の振り返りにお付き合いいただくならば

閑話休題。
さて、こういった統計を見て来年以降の動向を予想するのは、やはり年末ならでは、というところでしょうか。羽子板市も、その年の世相を表した羽子板が並ぶことから一年の総ざらえであり、来年を占う一つの契機を与えてくれているのです。さて、当社のこの一年を羽子板市の店先のように並べながら振り返りますと、昨年末の第二種金融商品取引業者としての登録を受けて第二種金融商品取引業協会に2月に入会し、また日本ベンチャーキャピタル協会や日本プライベートエクイティ協会にも今年の後半に加入する、など、オルタナ投資の国内のあちこちに顔を出させていただきながら、当社が業界に貢献できることが何かないか、というのを考えていければと感じております。

また、まだまだスタートアップの時期ですので、まだまだ当社のことを知っていただく必要があると考えて、主に代表が少しずつではありますが、外部講演などでお話しさせていただく機会も増えて参りました。あわせて今年10月に証券アナリストジャーナル様に寄稿させていただいたような、投資の際の運用管理に関する一助となるような情報発信も継続していければとも考えております。

当社の運用ファンドもやっとひとつのマイルストーンに到達しました。低流動性資産のセカンダリーという特殊な投資を行う都合、市場環境が追い風になってきたから、というよりも当社の活動に対する認知が取引市場において上がったことでお取引に接することがよりできるようになったのではないか、と当社では分析しております。

そんな、まだまだひよっこな当社ですが来年はどうなっていくのでしょうか。みなさんの温かいご支援とともに成長していければと思います。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。