第208回  < シンガポールにおける運用会社のライセンスと税制 >

安倍政権下での成長戦略の目玉の一つともいえる法人税減税の議論が盛んです。日本は、今年度の実効法人税率が35.6%と、先進諸国の中でも米国に次いで高い税率となっています。法人税率を20%台まで引き下げることで、国内企業の海外移転に歯止めをかけ、外資系企業の誘致も見込めることから、税収の上振れも期待できるとの思惑です。さて、アジア域内での運用業界を眺めてみると、香港とシンガポールが2大金融セクターとして著しく成長しています。特にアジア域内を投資対象とするヘッジファンド運用会社にとってみると、規制面がしっかりしており、税率が低く、安全な生活が見込めるシンガポールに拠点を設けることは合理的な選択といえます。シンガポールも国をあげて運用会社の誘致に力を入れてきました。中国を投資対象とする運用会社や投資家へのアクセスの良さから、運用者の数では未だに香港には及ばないものの、シンガポールの人気も根強いものがあり、同国拠点の約600の登録運用会社が、1.3兆米ドルの資産を運用しています。

グローバルに金融機関、運用会社への規制強化の動きがある中、シンガポールも最近、規制に変化が生じました。グローバルの先進各国の規制当局と足並みを揃え、従来よりも運用会社の登録や認可に多少高いハードルを設けることで、投資家の信頼を維持する方針です。具体的には、運用残高にハードルを設け、ある一定以上(2億5千万シンガポールドル)の運用残高を持つ運用会社には当局の認可を求める形としました。また、形式的要件としても、二人以上の取締役の内、少なくとも一人は現地居住を必要とし、5年以上の運用業に関わる経験を持った二人以上のフルタイムの居住者が必要であること。更には、運用会社として最低資本金額(25万シンガポールドル)を定めるなど、日本の投資運用業者に対して必要とされる要件にも近いものが並びます。シンガポール当局(MAS)は、運用会社の誘致には非常に熱心である一方、運用を開始したシンガポール拠点の会社に対して厳しいモニタリングを行うことでも有名です。したがって、多くの運用者が当初想定するよりは、シンガポールでの運用会社設置や運営は容易くないかもしれません。

しかし、シンガポールが運用者を惹きつける最大の理由は、税率にあります。通常の法人税率が17%であり、しかも、運用会社の内、一定の要件を満たす会社は更に法人税が10%に軽減される措置があります。また、個人にかかる所得税率は、累進課税を採用していますが、税率は最大で20%となっています。加えて、投資による譲渡課税は無税という扱いまであり、運用会社や、その役職員にとっては他国と比べて非常に魅力的な内容になっています。そのため、これまで多くの外国人運用者を惹きつけてきたシンガポールが、アジアの金融ハブとして成長してきたのも不思議ではありません。結果として、インフラも整備され、人材も集まるため、経済的にも発展してきました。

日本の金融業界が今後成長するためには、税率、業界内の担当者の語学の遅れを如何に挽回しつつ、インフラやその他の面で如何に海外のプロフェッショナルや企業を惹きつけるかにかかっていると考えます。今、海外の運用者、投資家が集まる現場では、シンガポール、香港、東京における運用会社セットアップのメリット、デメリットの議論が真剣になされています。好調な株式市場やアベノミクスによる景気回復を背景に人々は日本に対して熱い眼差しを注いでいます。この機会に、シンガポールや香港に流れた運用会社やプロフェッショナルを取り込むことができれば、そして、それを梃にして、次の成長に繋げていくことが出来れば、日本にはまだ、アジアの金融ハブになるチャンスが残されていると思うのは、楽観的すぎるでしょうか。