白木信一郎の「投資運用苦楽」

第345回 < 2020年の5月連休の過ごし方 >

例年、5月の連休は、行楽地の喧騒や混雑を避けて、遠方に外出することはめったになく、まとまった量の読書をすることを心がけていたため、コロナ禍による外出自粛がある今年も、気持ちは落ち着かないものの例年と大きくは変わらない日々を過ごすことができました。最近は本を電子書籍で読むことが増えていますが、家でゆっくり本を読むのには、やはり紙の本がしっくりきます。関連する本を何冊か手元に置いて、気になるところがあれば並行して読むことができる点、紙の書籍は便利です。

今回の連休は、分量があるために後回しにしていた、ハーバード大学の心理学教授であるスティーブン・ピンカー氏が書いた「21世紀の啓蒙 上下巻(Enlightenment now 2019 草思社)」を読んでみました。これに並行して、新進気鋭の哲学者と言われるマルクス・ガブリエル氏の「世界史の針が巻き戻るとき(PHP新書2020年)」や、少し前に一度読んでいたのですが、イスラエルの歴史学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏のベストセラー「サピエンス全史 上下巻(2016河出書房新社)」と 「ホモ・デウス(同 2018)」をあらためて読みました。

どの本も、それぞれの著者が現在の人間の在り方について、ヒトの歴史を踏まえて深い洞察を行った良書であると思いました。特に「21世紀の啓蒙」は、大量のデータ、文献をもとに、人間は、基本的により良い進化・進歩の歴史を辿ってきており、人々が科学的な思考を持つことで、より良い進歩を遂げることが出来る、という持論を展開しており、多くの読者から支持を受ける理由も頷けます。

著者であるピンカー氏は、著書の中で、自らを、物事は常によくなると考える「楽観主義者」とは区別して、「可能主義者(Possibilist 造語)」と表現しています。民主主義の危機や気候変動問題、核の脅威などの数々の問題を挙げつつも、人間がそれらの問題を解決し、進歩を続けられるという未来が到来し得ることを、人間による科学に対する理解を前提として綴っています。認知科学者、実験心理学者でもあるピンカー氏は、人間が合理性を失う数々の「認知バイアス」について取り上げ、どのようにこれらの認知バイアスを克服するかを記しており、科学的な考え方、理解を持つことで、人間は気候変動問題や現在のポピュリズムの広まりによる民主主義の危機などを解決し、正しい未来へ進むことができると説いているように思えます。

一方、ガブリエル氏は、自身が提唱する「新しい実在論」を通じて見れば、「科学の進歩が人類を救う」ということは迷信であり、科学の進歩自体が宗教のようになってしまった、と喝破しています。著書の中で、ガブリエル氏は、産業化・技術進歩の始まった200年前からの「モダニティ(近代性)」は、人口過剰、原子爆弾、気候変動による自然災害などによって、人類の自滅を進めているとして、敢えてピンカー氏の「21世紀の啓蒙」を取り上げ、それを否定する形で語っています。著者が説く、「新しい実在論」は、「現実は一つではなく、数多く存在する」と「私たちは現実をそのまま知ることが出来る」という2つの主張から成り立っています。その意味では、ピンカー氏とは考え方の根本が大きく異なるようには見えませんが、両氏の「科学」に対する見方が異なるのは興味深い点です。

しかし、両氏は「人工知能(AI)」について、人間の知能と比較すること、AIを人間の持つ「知能」と同列に扱うことに強いアレルギーを示している点については共通しているように思えます。その点、ハラリ氏は現在のデータ至上主義的な動きに警戒を持ちつつも、人間が進歩の過程で自らをアップグレードするためにAIを活用することになる未来を予見しており、AIと人間の共存の形をより具体的に考えている点が両者と異なるように思えます。地球の45億年の歴史に比べれば、あまりに短い人間の数百万年の歴史の中で、われわれがどのような進化の道をたどり、これからどのような道を進むのか、これらの本を読んで様々に夢想することができました。

これらの本の中でも、人類は、これまで疫病との戦いを繰り返し経験してきたこと、また、大きな伝染病の流行が歴史の転換点になってきたことが取り上げられています。人間は、過去の伝染病、例えばスペイン風邪や天然痘への対応に比べて、今回の新型コロナウィルスに対して、これまでのところ、よりグローバルに連携して、より素早い取り組みを行っているようです。私たちは、今回の伝染病への対処を経て、社会をどのように変えていくべきなのでしょうか。本の著者達と空想の中で対話しながら、私たちは不安に怯える気持ちを抑え、真実を見極めて次の進歩を遂げていく必要があるのだろう、などと考える5月の連休となりました。