第169回  < 欧州出張について(2) >

財政問題を契機に、景気の調整色が濃くなっていると言われる欧州経済ですが、パリやロンドンの街中を歩いてみれば、とても不景気の曲がり角にいるとは思えないほど賑わっています。シャンゼリゼ通りは人でごった返し、真っ直ぐに歩くことは出来ませんし、最近のマレ地区は、新しい店が立ち並び日曜でも多くの人々で賑わっています。タクシーに乗れば、下手すれば徒歩よりも時間がかかることがありますし、話題のレストランの予約はなかなか取れない状態です。パリとロンドンを結ぶ特急列車のユーロスターは行きも帰りも満員ですし、ロンドンに着けば、こちらも人の流れが途絶えることはありません。このように街中を歩いている限り、不景気の足音が聞こえることはほとんどないと言っていいかもしれません。

しかし、金融関係者や企業経営者の話を聞く段になると、とたんに厳しい話題が並びます。ユーロ圏のGDP成長率の鈍化、失業率増加傾向が続いていることに加えて、今回の財政問題が政府の財政支出に制約を加えることで景気の先行きに関して閉塞感が漂っています。更に、今回の会議のトピックでもあった金融規制法の施行を目前に控え、特に最近のイギリス経済を支えてきた金融ビジネスの退潮に対する懸念はほぼ現実的なものとなりつつあるとも思われます。このコラムでも何度か触れてきたことですが、このような状況は1990年代の日本に非常に似通っているように思われます。バブル崩壊以降、足腰の弱った経済状態に追い討ちをかけるように、不良債権処理のための厳しい法案が立ち並び、金融緩和と財政支出も弾が尽きた状態でした。

そういえば、日本の景気の悪さやデフレが世界的に喧伝されていた時期に東京を訪れた外国人が一様に首を傾げていたことを思い出します。皆、海外では日本の景気は最悪だ、と言われている中で、東京の街中の混雑やレストランの賑わいを見る限り、まったく実感が湧かないとコメントしていました。我々国民も、当時、毎日のように企業倒産数の上昇や銀行の不良債権処理、シャッター商店街などのニュースを目の当たりにして、なるほど日本は不景気だ、と認識する一方、東京の街中の賑わいに違和感を覚えていたかもしれません。パリやロンドンを歩いて見ても、現在ギリシャやスペインで起こっている景気鈍化や緊迫した財政問題を実感することは出来ませんでしたが、案外、アテネやマドリッドを歩いても大都市である限りは、似たような印象を抱くことになるのかもしれません。

今一度、問題の本質を考えてみれば、先進諸国のGDP成長率の鈍化、失業率の上昇、増え続ける国の借金の帰結する先はその国の財政破綻です。ユーロは複数国家の集合体なので分かりにくくはなっていますが、現時点ではそれぞれの国家の破綻リスクに分けて考えることができます。これを避ける手段は、基本的には、自国の需要及び市場を拡大するか、新興国などの成長を取り込むことだと思われます。しかし、この時期に規制強化などの保守的な取組みを並行して行なうことは、この解決策から遠ざかることとしか思えません。

最近、昔からよく東京に訪問していた外人が一様に聞くことがあります。「道が空いているけど、なにかあったの?」。一応、東京の外環道や地下鉄といった交通網などの公共インフラ整備が進んでいることや、都会での若者のマイカー離れが進んでいることを説明しています。しかし、人口動態や低金利、デフレなどの面で、各先進国に先んじてきたわが国を欧州各国がフォローするとすれば、今後、パリやロンドンで私達が同じコメントをする時も近いのかもしれません。