第111回 < ギリシャの財政問題がヘッジファンド投資へ及ぼす影響 (2) >

今回、金融市場の問題の引金の一旦として当然のように語られているギリシャの財政問題ですが、なぜ突然世界市場に大きなインパクトを及ぼしたのでしょうか。財政問題は一過性のものではなく、日本でも同様の問題が常に語られ続けていますが、日本の財政問題発の国際金融市場の危機はまだ起こっていません。もちろん、2月のコラムでも指摘したように、国債保有者の違いは大きな要因です。しかし、金融市場参加者が「ここは限界点なので、ギリシャ国債はもう持てない」、「同様の財政問題のある南欧諸国を抱えている通貨としてのユーロは持てない」と判断して行動を起こす際には、何らかの臨界点があるようにも見えます。

ヘッジファンド運用者は、そのような臨界点を他に先駆けて捉え、運用資産を守るため、あるいは収益をあげるために行動することを、投資家から求められています。今回のコラムでは、ギリシャの財政問題が金融市場に大きなインパクトを与えたプロセスと、なぜ市場の反応が遅れて起こったのか、さらにはヘッジファンド運用会社がどのように対応していたのかについて考察を加えてみたいと思います。今回の事象も明らかにナシム・タレブ氏の表現する「ブラックスワン」です。ブラックスワンは人々のコンセンサスが出来上がっている、どの場所にも、どの時点にも現れ得る現象なので、ギリシャ問題単体の事象を考察しても今後の対応という点での意味は少ないのですが、われわれの想像力の限界を確認する意味では、よい頭の体操になると思います。

2009年10月のギリシャ総選挙で、左派政党が勝利したことで、当時新政権が2010年の予算策定にあたりました。その際、2009年の財政赤字が、前政権が欧州委員会に対して報告していた値に対して、格段に増大することが判明し、この時点でギリシャの財政問題が(少なくとも国際社会に対して)はじめて表面化しました。ここで、格段に、と表現しましたが、当初GDP比3.7%との報告が、12.7%に増大したということなので、数字の前提になる景気後退の度合いを差し引いたとしても、数値作成に何らかの問題(粉飾)があったと考えるのが妥当です。この時点で、金融市場の参加者は、ギリシャの公示している財政赤字やその他の政府統計に対して不信感を持つことになります。ギリシャに対する不信感は、近隣諸国や同様の経済活動を行っている国々への不信感につながり、ユーロの枠組み自体への不信感へと増長していくことになります。

ギリシャの財政問題がきっかけとなった大型財政出動と、緊縮財政への要求による国家をあげてのリストラが国民の不満を引き起こす事態をわれわれはメディアを通じて見ることになりました。実際、デモが起こり、火炎瓶でデモ隊が警官隊や一般の人々まで攻撃する姿をテレビで見ると、さらに痛みを伴うたいへんな事態として視聴者に伝わります。投資家、ヘッジファンド運用者といえども、実際に意思決定を行っているのは一人ひとりの個人です。また、一般投資家は、よりメディアに左右されやすいと思われます。この映像が流れたのが、2010年5月5日だったと記憶していますが、この前後で株式相場が大きく下落しているのもうなずけます。通貨としてのユーロに対する不信任は2009年10月にギリシャの財政問題が明るみに出て以降続いており、対ドルでは、11月末をピークに緩やかに下落していましたが、これも2010年5月初旬に大幅に下落しました。

このように、振り返ってみれば、予兆は十分にあったように思われます。一方、ヘッジファンドのパフォーマンス全般を見ると、好調な株式市場と信用市場を背景に、2010年は4月まで安定した収益を計上しました。特に2009年にプラスの収益を上げてきたファンドにしてみると、その延長線上で4月まではリスク量を上げることで、さらに安定した収益をあげてきた感があります。それが一転して、5月の足下までは平均しても単月で3%近い損失を計上しているようです。今年に関して言えば、1月から4月にかけて積み上げてきた収益以上のものを失うところも少なくないようです。このような金融市場のイベントに完全に備えてプラスの収益を上げ続ける運用者はたいへん少ないということは、今回のことからも明らかです。もっとも、4月末以降に、損失回避行動、具体的にはロスカットとしてポジションを手仕舞い、場合によっては相場下落に備えたポートフォリオに変更して対応する運用者も多数存在しました。

われわれは、昨今の過剰流動性が根底にある金融市場の一参加者です。マネーが溢れている今のような環境においては、資金の流れはショックに過敏であり、10年前どころか、5年前の市場動向を基にした対応は時代遅れとなっている可能性もあります。また、「ブラックスワン」も過去に比べると金融市場において、頻繁に現れる傾向もあるようです。このような環境で特定の運用者が、長期間安定した収益を上げ続けることが難しくなっていることを改めて認識させられているのが、2010年5月でした。その中で、われわれが投資を行っている運用者の中で、特にグローバル・マクロ戦略を採用している人々は、株式、ユーロのショートポジションを構築し、10%を超える収益をあげているところも見られます。これからも、市場に対して、十分な想像力を持って、柔軟に素早く対応することが、資産保全の鍵であるということを肝に銘じて運用にあたっていきたいと考えています。