第385回 < スタグフレーションについて >

最近、「スタグフレーション」という言葉を聞く機会が増えたように感じます。スタグフレーションは、「Stagnation(停滞)」と「Infration(インフレ)」の合成語で、経済活動の停滞と物価の持続的な上昇が同時に起こる状態を表しています。筆者が学生時代に学んだスタグフレーションは、失業率と物価上昇率の関係を表すフィリップス曲線を用いて説明されたと記憶しています。

本来、期待インフレ率の上昇に伴い、硬直性のある名目賃金が高止まりすると、実質賃金が低下(=労働力価格が低下)し、雇用量が増加することで失業率が減少するので、縦軸にインフレ率、横軸に失業率を表しているフィリップス曲線は右下がりの関係を描きます。しかし、スタグフレーションの状況下では、期待インフレ率の上昇と景気悪化(=失業率上昇)が同時に起こるため、フィリップス曲線は右上にシフトすると言われています。

スタグフレーションが起こる原因としては、【1】生産コストの増加や、資源や生産の供給量減少による「コストプッシュ型インフレーション」が起きる環境下で拡張的なマクロ政策をとり続けた後、引き締めを実施した場合(1970年代のオイルショック)、【2】経済拡大時に物価上昇が発生する一方、期待インフレ率を反映した恒常的な名目賃金の上昇のみでは実質賃金の上昇につながらず、労働供給量が減少するため、インフレ率上昇と失業率上昇が併存する状態、【3】国の信用が失われて通貨価値が下落する(インフレ)中で不況から抜け出せない状態(現在のトルコ)、等があげられます。

現在の日本においてスタグフレーションが発生するとすれば、上記のいくつかの原因が複合したものと考えられます。ちなみに、筆者は2012年に本コラムでスタグフレーションの可能性に触れています(https://www.akebono-am.com/?p=1806)。その当時は、日本国債価格の急落というシナリオを前提としていますが、それは前述の【3】のパターンに近いものです。現在は、短期的になる可能性もありますが、原油価格をはじめとする資源・エネルギー価格の高騰や、コロナ禍によるサプライチェーンの混乱によって、前述の【1】の状況も加わっており、一般的なスタグフレーションの発生原因が揃いつつあるように思えます。

もっとも、日本において当面、失業率が上昇するような局面は考えにくいため、フィリップス曲線が劇的に右上にシフトするような事態は起こらないかもしれません。ただし、今後インフレが加速した時点では、スタグフレーションの語源である「Stagnation(停滞)」と「Infration(インフレ)」が併存し、まさに言葉が表す状況になるであろうと思われます。このような状況下で、われわれはどのような投資行動をとるべきなのでしょうか。2012年のコラムで筆者は以下のように書きました。

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従来のスタグフレーションシナリオは、需給ギャップの大きさや、デフレ誘導型の環境から考えにくい選択肢ではありました。しかし、国民資産の大きな部分を占める国債の大幅価格下落というイベントが起きた場合には、そのシナリオの蓋然性が増すのではないか、というのが筆者の想像です。現時点では、10年近い先の状況ですので、他のシナリオに切り替わる可能性も十分にある程度の話ではあります。
しかし、そのようなシナリオが蓋然性を持つ状況下でなくても、国債偏重型のポートフォリオのヘッジのために我々が考えられるのは以下のような資産や投資手法ではないでしょうか。
(1) 金利上昇時に収益に貢献するインフレリンク債券や国債空売り戦略等の流動性のある投資運用戦略(投信)
(2) グローバルに換金性の高い商品、あるいはエネルギー関連商品などの実物資産への直接投資、(ファンド経由等の)間接投資
(3) 資源国資産(為替、株式、債券等)
(4) 相場の上下動に関わらず、特殊な機会に収益の源泉を求める投資手法(裁定取引、ディストレスト債権投資、未上場株投資、バイアウト等)
(5) 不動産、森林、エネルギーインフラ等の大型資産への投資、または、それらを小口化したファンド投資
(6) ワイン、時計、宝石、絵画等の嗜好品ポートフォリオ
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今後、いつ、どのような経済環境になるかを予測することは容易ではありません。しかし、徐々に現実味を帯び始めた「スタグフレーション」というシナリオに対しても、何らか備えておく必要があるように感じています。