第389回 < 日銀短観とベージュブックについて >

初めて市場関係の仕事についてから30年近くが経ちました。当時、債券市場の仕事に配属された際に、当時の上司に指導してもらった、というより叩き込まれたことの一つに、経済統計の読み方があります。

市場関係の仕事をした方には馴染みのある、「日銀短観」(全国企業短期経済観測調査)は、1957年に開始された日本銀行が四半期ごとに公表している統計調査で、日本の経済の現状を詳細に見る上で最も重要な経済統計の一つです。日銀が適切な金融政策を運営するために、全国に20万社以上ある、資本金2千万円以上の企業の中から約1万社を抽出し、業績、設備投資、雇用等につて定量、定性両面のデータを集めて分析します。特に、業況判断指数(DI)は景気が「良い」と答えた企業から「悪い」と答えた企業の比率を引いた数値であり、市場関係者のみならず、経営者も注目する指標です。日本では、2005年4月から日銀短観に加え、全国9地域ごとの景気情勢を分析した「さくらレポート(地域経済報告)」も公表されるようになりました。

一方、米国の統計レポートである通称「ベージュブック」は地区連銀景況報告を指し、アメリカ合衆国を12の地区に分け、それぞれの地区を管轄する12地区の連邦準備銀行が管轄する地域経済の分析・報告データをまとめた報告レポートです。非公開ながら1970年から作成されていましたが、1985年以降に一般公開されるようになりました。地域ごとの経済情勢についての総合判断、物価、賃金、雇用、消費、製造、金融、不動産、サービス等について言及され、1年に8回、連邦準備制度理事会で公開されています。報告レポートの表紙の色がベージュ色であることから「ベージュブック」と呼ばれています。

市場参加者にとって、足下の日本と米国の経済状況を把握するためには、年4回公表される日銀短観と、年8回公表されるベージュブックは重要な情報源であり、例えば業況判断DIに大きな変化が表れた際には金利や為替の動きに対して影響することから、債券や為替の担当者は発表内容を注意深く見ています。筆者も銀行で国内外の債券の取引を担当していた時には、報告書の発表時にはできるだけ早く内容を把握するように心がけていました。

2022年4月1日に公表された「日銀短観」は、調査期間2月24日から3月31日のもので、大企業・製造業・業況判断DIの悪化が見られました。新型コロナの影響からの改善がみられてきた2021年6月以降ではじめてDIが悪化に転じたのは、ウクライナ情勢、原材料価格の高騰などが理由として考えられます。さらに、大企業に先んじて悪化していた中小企業のDIについては継続して悪化が見られています。また、物価の見通しについては総じて上昇基調となっており、日本では景況感の悪化と物価高が併存するスタグフレーションの傾向を示す内容となっています。

一方、3月に発表された2月の「ベージュブック」の内容を見ると、景況感はほとんどの地区で大きな変化は見られず、住宅関連の需要は引き続き旺盛であることがわかります。さらにいくつかの地区での例外を除き、堅調な雇用を背景に賃金の上昇が続いていることがわかります。大幅な輸送費の上昇、人件費の高騰を背景に仕入れ価格の上昇が続き、物価は全般的に上昇を続けています。レポートでは、企業が仕入れ価格の上昇を背景に、今後5-6ヶ月にわたる物価上昇を見込んでいるとしています。次回のベージュブックが本コラム執筆をしている週に公表されるため、この内容にどのような変化が表れるか注視しています。

市場の仕事に就き、海外はもとより日本の経済、景況感の実態を把握する術を知らず、金融商品の売買を行う羅針盤を持っていなかった当時、様々な経済指標、統計データに縋りました。同時に、それらの指標、データをいかに読み込んでも、金利、為替、株価の方向性は容易に判断できるものではなく、市場に勝つこともできないことを学びました。しかし、金融市場を大海原に例えれば、指標やデータは、その時々に私たちが置かれている位置や天候を教えてくれるものであり、市場関連の仕事をする際、出来る限り理解しておくべきだと思っています。