みやたしのぶの「投資小噺」

花やしきのローラーコースターと掛けて、当社の運用経験年数の合計と解きます。その心は。。。

私の住む浅草には、浅草寺を始めとする古いもの、というのがいろいろとありますが、案外古いものと言いつつ、今ある形のものはいうほど古くない、というものも実は沢山あります。例えば雷門。今あるものは1960年に再興されて10年ごとに大改装を行っていますが、再興されるまで100年ほどはイベント的な仮設のものが形を変えて作られていたそうです。その意味では、浅草寺の本堂から遠くに見える東京スカイツリーを見ながら隅田川に向かう通りに面した東門である、二天門は1649年に創建されて以来、江戸の火災や空襲等で焼けることもなくその姿をそのままにしていましたが、2010年に改修をしたので今では創建当時の色鮮やかな姿をしております。

浅草が誇る古くて元気なもの – 花やしき

ちょっとレトロ感、出してみました。

そんな中、一応日本最古の遊園地として知られている浅草花やしきも、今年は165周年記念(1853年開園)ということで10月1日の都民の日をはじめとする首都圏の都県民の日に入園無料にするなどのイベント盛りだくさんで周年のお祝いをしております。ですが、第二次世界大戦の間に一度取り壊されて1949年に遊園地として再建していますので、実は中断することなく続く遊園地としては1912年から営業を続けているひらパーことひらかたパークの方が長い、そうです。とはいえ、やはり、1953年から運行を始めている日本現存最古のコースターは、人間で言えば既に還暦を過ぎ、その外装も子供の頃に見たものから大分剥ぎ落ち、いや、あえて簡略化させて、最高時速42km/h で一回転垂直ループすらしないなんて、いまどきのローラーコースターから見れば取るに足らないはずなのに、いつ乗っても別の意味でスリルを味わえるのは、やはり日々日本最古記録を更新しているからでしょうか。

人も企業も年数を重ねると円熟を増すと言いますが

さて、長い時間をかけて様々な経験をしていくのは、企業も建物も、そして人も同じことではありますが、こと企業となると、その社歴がその企業の経験と実績を示すもの、と考えられるものです。そして、当然、ファンドであれば尚の事、月次のパフォーマンスのトラックレコードが簡単に他の同種のファンドとの優劣を示すことになりますし、トラックレコードの長さ自身もそのファンドの市場に対する戦略の有効性を証明する材料になると考えられます。その意味で、私個人はバックオフィスを預かる立場ですので直接の運用成績に関与しないものの、ファンドの運用者というのはその存在の優位性を数字の羅列で評価されるシビアな世界に生きているのだな、と感じることも多々あります。(ちなみに、プライベートエクイティの運用評価はこのように毎月のパフォーマンスを単純に比較することが出来ませんので、別の切り口で見る必要があります。ご興味のある方はこちらのお知らせをどうぞ。)

チームの平均年齢が高いですが、これでもまだまだスタートアップです!

さて、こういう話になると当社のトラックレコードについて触れざるを得ません。2015年に創業し、資産運用の事業届け出を2017年の頭にした当社ですから、当社が運用会社として運営しているファンドと運用者としての事業経験というものはどうしてもそこからカウントが始まります。しかもスタートアップ企業ともなれば当然スタッフ数も小規模ですので自然と見劣りするようです。(更にいえば平均年齢が比較的高めのオヤジベンチャーです、当社。)とは言うものの、運用の世界ですとその担当者たちの経験年数を足して運用チームの経験と表現することがあり、海外の運用者やサービスプロバイダーの、当社と同様のスタートアップに近い小規模の、いわゆるブティック系では「チームの経歴は合計して100年超!」といった表現をすることがあります。その表現をお借りするならば当社はオルタナティブ投資の経験はチームで 50年以上を超えている、と言えますので、これだけ見ると確かに長いように思えますし、これも浅草花やしきのコースターのように年々積み重なっていきます。

でも、これって同じ直近10年の市場をみていたのだから単純な足し算にならないんじゃないの?と言う声が聞こえてきそうです(し、個人的にはそう思うことも多々あります。)が、ファンド投資の10年とファンド営業の10年、そして私のように事務管理やストラクチャリングの10年では同じオルタナティブ投資の世界をみても全く異なる風景をそれぞれが見てきたので、そんなそれぞれの10年を足し上げて形作っている、と当社を見ているとそう感じることがしばしあります。そんなオヤジたちの集まった文殊の知恵、に当社はなっていければと思っております。

年の功も大事だけど、時代にもついていかないとね

さて、話を浅草に戻しましょう。確かに古いものが息づく街ですが、特にこの頃は、インバウンド需要が増えたことも一因なのか、新しい人たちの挑戦もそこかしこに見られるようになりました。おかげで、その昔は観音様のおかげで朝早く、そして夜も早い街なので夜が面白くない、と言われて久しかったのですが、最近は遅い時間でも楽しめる街に変わってきました。古くあり、新しいものを取り込んでいく浅草を見ると、単に経験だけでなく、新しいものにちゃんと取り組んでついていく柔軟性も持ち合わせないと、とも思うのでした。