第422回  < 量子論について > 

プライベートエクイティのセカンダリー投資業務を行っていると、様々な案件に出会います。投資検討先のベンチャーキャピタルが投資しているベンチャー企業等の採用している技術の中には、日頃は目にすることのないようなものも数多く存在します。例えば、20世紀後半から研究が進められている「常温核融合」あるいは「低エネルギー核反応」と言われるテクノロジーは、クリーンエネルギーの必要性とあいまって、世界中で様々なベンチャー企業が参入した事業の一つです。しかし、これらの研究の中には物理学的な裏付けが乏しいものも多く、また、実証実験にも極めて時間がかかるため、事業の見極めが難しい領域と言えます。 

とはいえ、米英では、2040年までに常温ではないものの核融合による発電計画が発表されるなど、実用化に向けた道筋が見えつつあるようです。日本でも、京都大学初のスタートアップ企業が、プラズマ加熱装置や水素同位体排気循環装置などの特殊プラント機器を使い核融合発電試験プラントを建設し、2024年から発電試験を開発する等、ベンチャーキャピタルの投資先としても、有望な分野となり始めているようです。 

さらに、近年では、アルバート・アインシュタイン等の20世紀初頭の天才学者達が提唱した「量子論」が様々な形で実用化された技術が活用されています。余談ですが、アインシュタインは1921年にノーベル賞を受賞しましたが、有名な相対性理論ではなく、「光量子仮説に基づく光電効果の理論的解明」によっての受賞であり、それゆえに、量子論の祖の一人と言われています。ちなみに、光を発する粒子の振動のエネルギーを説明した「量子仮説」は、マックス・プランクによって考えられたことから、プランクは量子論の父と言われています。 

現代社会で応用されている「量子論」の成果の中には、レーザーがあります。レーザーポインターやCD、DVDの読み書き、距離の測定、精密加工、手術等の幅広い分野で活用されているレーザーですが、近年では、原子・分子内の電子の運動を観測するための方法として、アト秒(10のマイナス18乗)パルスレーザーが開発されるレベルまで来ているそうです。半導体の微細加工を行う際のナノ秒やピコ秒のパルスレーザーを開発し実用化しているベンチャー企業もありますが、その技術の根底には量子論の存在があるわけです。 

「量子論」の性質を利用した最新の技術のひとつに「量子コンピューター」があります。物理学者のリチャード・ファインマンが、「自然は量子論にしたがっているのだから、自然現象のシミュレーションには量子論の原理を利用する量子コンピューターを使えばよい」との述べたのが、量子コンピューターという言葉が使われた最初だったそうです。量子論では電子などのミクロな物質や光は、波のような性質と粒子のような性質の二つを併せ持つことが基本原理となっています。ミクロの世界では、我々の目に見えるマクロの世界とは物質が異なる性質を持つようです。量子の特徴の一つに、「重ね合わせ」という状態があります。電子は「スピン」という性質を持ち、上向きと下向きの二つがありますが、量子である電子には、上向きと下向きの「重ね合わせの状態」が存在するというのです。量子コンピューターのデータの最小単位は「量子ビット」または「キュービット」といいますが、電子に代表されるミクロの物体が量子ビットになることができます。この場合、量子ビットの重ね合わせの状態を利用するのが量子コンピューターです。 

更に、量子の重要な特徴の一つである「量子もつれ」によって、重ね合わせの状態にある二つの電子の間で、一つの電子のスピンの向きを測定すると、もう一つの電子の向きが同時に確定するという関係が成り立ちます。量子コンピューターは、量子もつれによってたがいに結びついた量子ビットの個数が増えるほど高性能になると考えられています。2019年にGoogle社が量子コンピューター「シカモア」によって量子超越性、つまり量子コンピューターが既存のコンピューター性能を上回ったと発表しました。53個の超電導量子ビットを持つシカモアが既存のスーパーコンピューターでは解くのに1万年かかると言われた「ランダム量子回路サンプリング」という問題を200秒で解いたということです。量子論には未だに解明されていない部分も数多くあり、例えば量子力学の基本式である「シュレーディンガー方程式」を受け入れると並行世界が無数に存在するという解釈が成り立つことから、量子論自体が不完全とする学者も多く存在するようです。しかし、そのような不完全な理論から、多くの先進的な技術を実用化していく人間の能力には驚くばかりです。 今後、量子論等の応用が進み、様々な理論を活用した技術が数多く実用化され、私たちの生活を大きく変えていくことは疑いがないように思います。多数のベンチャー企業がこれらの実用化にチャレンジしていますし、その数も規模も増えていくことが予想されます。私たちが様々な新しい理論や技術をすべて理解することは不可能です。今回の量子論にしても、到底すべてを理解できるとも思えません。しかし、理解をあきらめることなく、勉強を続けて今後の投資に活かしていきたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です