白木信一郎の「投資運用苦楽」

第237回 <  新しいヘッジファンド運用戦略の可能性  >

日本株関連のヘッジファンド戦略が好調です。8月に株式市場は大きく下落しましたが、インデックスや投資対象ファンドのデータを集計してみると、日本株関連のヘッジファンド戦略は平均すると8月にプラスの収益を計上しました。市場の変動率が上昇して、短期的な取引機会が増えたことや、銘柄間で値差が大きく出たので、ロングとショートを組み合わせた戦略にとっては収益機会が多かったのではないかと推測できます。また、多くのヘッジファンド運用者は、米国の利上げを控えて、日経平均株価が2万円を超えたあたりから、市場が一本調子で上昇するという見方にはやや懐疑的であったことから、ネット・ロングのポジションが少なかったことも、日本株関連ヘッジファンド全体で損失が見られなかった要因です。

その中でも、マーケット・ニュートラル戦略は好調でしたが、2007年のクオンツ・ショック以来では、最近、同戦略の中でも特に定量分析(いわゆるクオンツ運用)を活用する手法のリターンが安定しているように見えます。

私たちが見ているヘッジファンド戦略の中で、伝統的な株式ロングショート戦略は、投資対象企業のファンダメンタル、つまり、財務諸表、健全性、経営、市場等を分析することで、企業の本質的価値を見極め、市場価格がそれを上回っていれば売り、下回っていれば買うことを繰り返し行うアプローチです。それらの戦略では、個別銘柄では間違うこともありますから、銘柄、セクター、特定のリスクを偏って取らないような分散投資を行うことでリスク管理を行います。過去10年くらいの傾向を見ていると、取引は短期化し、企業の開示情報、例えば決算情報やその他の重要情報等の発表後にポジションを取り、比較的短期に解消する手法がとられるようになりました。保有期間を短期化することや、イベントリスクを回避することでリスクを抑えることが出来るため、安定したリターンにつながります。一方、前述のクオンツ運用によるマーケット・ニュートラル戦略は、運用者のファンダメンタルズの判断を入れずに、定量分析に従った運用を行っています。クオンツ・ショック以来、同種の運用戦略を採用する運用者が一時的に減少し、その後時間をかけて、同種の運用手法に資金が戻ってきているのが好調の背景ではないかと推測しています。

更に、最近では、インターネットの発達や情報量の急速な増大に伴い、ビッグデータと呼ばれる大量のデータを処理する運用手法が開発されているようです。例えば、人間に比べてコンピュータは同じ基準で大量のデータを評価し、多数の投資テーマを分析することが可能になるため、企業からの開示情報に加えて、ネット上に溢れる当該企業に関する情報を一定の基準で処理できたとすれば、投資に活用することが可能になります。例えば、株式業界では、毎日大量のアナリストレポートが発行されます。これまで、アナリストによるレーティング(格付け)の変化をとらえて、それに従う形で運用者が売買してきたとすれば、大量に発行されるレポートの内容から強気、弱気のニュアンスの増減を捉えて、数値として処理することで、従来型の運用者に先行して売買を行うことが可能になります。

それ以外にも、ウェブ上で閲覧可能なソーシャルメディアやサービス・ベンダー上の「言葉」を集計し、統計処理することで売買モデルを構築することが研究され、一部では実施されているようです。これらの運用プログラムが成功を収めている場合、運用者は当面の間、先行者メリットを享受するために外部への運用プログラムの説明や詳細情報の開示を行わないことが予想されます。近年、詳細な情報開示を求める機関投資家が増加しているヘッジファンド業界では、時代に逆行する部分もあります。非常に興味深い分野ですので、今後も研究を進めていきたいと考えています。