白木信一郎の「投資運用苦楽」

第148回 < ヘッジファンド業界内の新たな二極化現象 >

近年、ヘッジファンド業界が拡大するにつれ、ヘッジファンドの機関化が進んでいることは、だいぶ前から顕著となっていました。2008年の金融危機以降、その流れが加速し、運用会社の数として5%未満の運用資産5000億円以上のヘッジファンド運用会社が全体運用額の3分の2を占める状況となってきています。

多くの大手運用会社は、大手機関投資家、年金、財団の資金を受け入れることでより大規模になり、社内の体制を強化することで、更に多くの投資家を呼び込むことになります。このような二極化現象は、ある意味分かりやすく、伝統的な資産運用会社で起きたこととあまり違いがありません。今後もこのような状況が続き、ヘッジファンド業界内でも、株式、債券運用でのブラックロック社やピムコ社、あるいはフィデリティ、キャピタルのような存在が、ある程度定着していくことになると思われます。

その一方、ヘッジファンド運用会社特有の事情で、一般には分かり難い形で、別の二極化現象も進んでいます。それは、運用残高に対する制限を決め、それを守り続ける運用会社と、規模を追求する運用会社との違いです。

ヘッジファンドは従来、独自の収益源泉を追い求めることで安定的、あるいは高い収益を達成しようとします。例えば、2009年以降で目覚しい運用成績をあげた投資戦略として、米国モーゲージ関連証券を中心とする仕組債への投資を行う投資戦略があります。2008年以降に一旦大方の既存市場参加者が退場したことで、市場における「ミスプライシング(本源的価格からの乖離、あるいは価格の歪み)」が大きくなり、ヘッジファンドのような運用者が利益をあげるにはうってつけの場となりました。

現在、一部の社債投資についても同じことが言えます。欧州各国の財務状況悪化の顕在化や、それに伴う市場の混乱により、社債の価格が下がり、利回りが拡大しています。しかし、銘柄の格付けが低下すると、大手機関投資家
は内部規定などから保有債券を売却せざるを得なくなります。また、投資適格銘柄から外れることで、多くの投資家にとっての投資対象ではなくなることで需要が減退し、割安で放置される銘柄も増加します。ヘッジファンドであれば、そのような銘柄の健全性を自らリサーチすることで、リスクとリターンの兼ね合いから投資が可能です。

しかし、上述のような投資機会は常に存在するわけではなく、また、運用者、投資家の目に多く晒されることになれば、自ずと収益機会が低下します。更に、流動性の観点から運用者一人、あるいは一社で保有できる量も限定される分野も多いことから、ヘッジファンド運用会社が自らの「運用可能資産額」の上限を設定し、これに到達した段階で投資家の資金を受入れないことにすることが一般的です。一方、容易に想像できるように、この制限を遵守することはいろいろな意味で困難です。

第一に、運用額の制限を理論的に測ることが困難です。一般的に、「市場の取引量全体」に占める「自らの取引」がどのくらい影響を与えるか計測し、市場に「問題」があった場合に「一定期間」で問題なく現金化できる運用残
高が残高の上限、と考えられます。しかし、市場の取引量は変化しますし、もともと流動性の低い市場を対象にしている場合は、市場に与える自らの取引の影響も勘案し、保有資産を相対で売却することを考慮して運用することもあります。また、金融危機のような事象が起こると、想定以上に流動性が低下することがあります。

第二に、自らの取引量に制約を設けたとしても、他者が同様の取引を開始し、その残高が急増する場合には最終的に解約の連鎖に巻き込まれることになります。自らの運用残高だけ管理するのでは不十分ということになりかねません。

第三に、運用会社といえども会社の形態をとり、経営を行う立場にある場合には、企業としての成長を求めることは普通です。その際に、資産の流入を止めてまで「適正」な運用残高を維持することが難しくなります。投資家の
要望が強ければ強いほど、何らかの工夫をし、あるいは無理をして、これに応じてしまうというケースも出てしまいます。とりわけ、資金の流入している時期というのは、全てがうまくいっていることが多いので、自らを律する
ことはより難しくなります。

ヘッジファンド業界でおきている二極化の一類型は、規模の大小に関わらず、規律を持って自らの運用資産を一定以下に保つ運用会社と、様々な工夫を凝らしながら大規模化を目指す運用会社への分岐といえます。一定の資産規模を遵守し、市場環境によっては何年もの期間新規投資を抑制し、場合によっては一部資金を投資家に返却してまで適正なサイズを維持することは困難ですが、このような運用者も存在します。しかし、そのような運用者は新規資金募集もせず、自らの存在をアピールする場も少ないため、投資家や市場関係者との接点は少なくなりがちです。ヘッジファンド投資を長期にわたって経験することのひとつのメリットは、このような隠れた優良運用者の存在を知ることにあるかもしれません。