第133回 < ヘッジファンド投資家の変遷とリターンへの影響 (1) >

ヘッジファンドへの資金流入が続いた結果、ここ数ヶ月でヘッジファンド全体の預かり資産残高が過去最高を記録しました。この背景として、他資産からの資金移動が考えられます。たとえば、グローバルな投資家はインフレーションへの懸念から、金利が上昇基調に入る可能性が高いと考え、債券中心のポートフォリオを嫌いはじめました。昨年秋以降、株式市場へのシフトも見られましたが、欧州のソブリン問題や、日本の震災の影響、さらには米国の財政赤字が再度クローズアップされたことで、市場の不透明性が増し、株式市場変動率の上昇が懸念されます。また、従来型の資産運用では、インフレヘッジの手段にもなりえる商品投資への手段も限られています。大手投資家が代替投資の受け皿としてヘッジファンドを選好していることの背景には、上述のような債券、株式の期待リターンの不透明性があると思われます。

従来、債券投資が主流であった世界の政府系ファンドや年金基金が、ヘッジファンド投資の主流になりつつある現状を考えれば、ヘッジファンドの資金残高の急増の理由が理解できます。一方、従来ヘッジファンドの投資家として主流であった、欧米のファミリーオフィス、プライベートバンクを経由した個人富裕者層の投資割合は徐々に低下してきています。これらの変遷にはいくつかの理由があると考えられますので、以下で整理してみたいと思います。

(1)1980年代以降、ヘッジファンド的運用が登場した背景には、スポンサーとなる個人富裕者や、一族の資金を管理するファミリーオフィスと言われる存在がありました。場合によっては、一族の資金管理専門の運用機関として設立されたケースもありました。これらの運用者は、投資銀行や資産運用会社で経験を磨いた一族のメンバーや、一族の知人であったと思われます。運用手法は、一族の資産保全を主目的とする観点から、市場の動向に左右されにくい「株式ロングショート戦略」が中心でしたが、リスク許容度の高い資金の場合には、投資銀行の自己勘定デスクの運用手法をコピーする形で、初期の「マクロ戦略」や転換社債、社債、新興国債券に投資しながらヘッジを行う「レラティブバリュー戦略」も見られました。

(2)1990年代に入り、個人富裕者層の広がりが見られるとともに、やや小口の富裕者資金もヘッジファンドに向かいはじめました。その窓口となったのが、欧州のプライベートバンク(銀行)です。多くの富裕者層資金を束ねて投資を行う銀行がヘッジファンド投資家の主流になった時期から、ヘッジファンドに対する様々な資金流入形態が見られるようになりました。それらの銀行自体がファンドの水先案内人(ゲートキーパー)を務めることで、ファンド・オブ・ファンズ化していったのも特徴のひとつです。同時に、ファンド・オブ・ファンズ自体がビジネス化し、銀行が集めた資金を受託する運用会社が欧州を中心に数多く設立されました。

(3)1990年代後半からは、機関投資家といわれる投資家層がヘッジファンドに対する投資を増やしました。1990年代にビジネス化したヘッジファンドを、大手投資家に投資銀行や金融ブローカーや個人のアドバイザーなどが「営業」する動きが強まったためだと思われます。機関投資家を顧客とする「情報通」が、グローバルで数を増やす成長株のヘッジファンドを未上場株やその他の金融商品と同じように勧め始めました。日本でも、銀行、生損保が投資を始めたのがこの頃です。欧米では、大学や財団などの基金や政府職員退職基金や年金基金がヘッジファンド投資家として育ちました。この結果、「機関投資家受け」するヘッジファンド運用者が大規模化する傾向が見られました。大手投資銀行のエリートトレーダーやノーベル賞学者等が運営する運用会社がその代表例でした。

(4)1998年にロシア危機とLTCM破綻というイベントが起きたことで、多くの投資家が影響を受けるものの、ヘッジファンド投資の勢いは削がれず、2000年に入り、投資手法がより多様化したヘッジファンドに流入する資金量は、プライベートバンクからの資金と金融機関、基金などの機関投資家資金の間で拮抗する状態が続きました。金融機関に対する自己資本規制(バーゼルII)の導入などにより、一時日本の銀行からの資金が止まったことで、旧来のプライベートバンク系資金の存在感が増した時期もありましたが、相対的に政府系ファンドや大手年金基金の存在感が大きくなり始めました。

(5)2008年にリーマンショック後、バーナード・L・マドフによるポンジスキームが発覚した際、最も大きな影響を受けたのはプライベートバンクを経由した富裕者層投資家でした。1990年代前半からヘッジファンド投資を行ってきた個人やその資金を扱うプライベートバンク担当者、あるいはファンド・オブ・ファンズは、旧来型のヘッジファンド投資アプローチを用いていました。情報通の伝手を辿り、実績のある「優れた」そして「隠れた」運用者を探し出して資金を委託する。経験のあるプライベートバンカー間にだけ流通する情報、いわゆる「クチコミ」を重要視するような方法です。情報の適時開示や流動性、監査の有無や、運用手法の詳細調査への意識はあまり高くない投資家でした。そのような投資家が好んだ運用者の代表例がマドフでした。2008年の事件発覚の結果、同様のアプローチを用いていた富裕者層資金の流れが一気に滞り、欧州のファンド・オブ・ファンズ事情に変化が見られます。

次回のコラムでは、2011年現在の投資家構成と、投資家層の変遷がヘッジファンドの投資収益率に与えた影響について整理してみたいと思います。