第362回 < コロナ禍とMMT(現代貨幣理論)について【1】 >
このコラムを執筆している2021年2月9日現在、日経平均株価が2万9千円を超え、30年6か月以来の高値を更新しました。株価の上昇を支えている大きな要因は、国内においては日銀による継続的なETFを通じた国内株式の買入れにあります。足元で日銀のETFを通じた保有株式は時価50兆円と言われており、最大の年金基金であるGPIFを超えて、最大の日本株保有者となりました。
2013年に日銀総裁に黒田氏が就任して以降、物価上昇率2%の目標を達成できずにいる日銀は、非伝統的と言われる手法を駆使して、ほとんど無制限に金融緩和を続けているように見えます。この状況は、コロナ禍を経て加速しています。
昨年以降、日銀は、社債等の買取りを含め、金融機関が行うコロナ対応融資のバックファイナンスを軸とする企業の資金繰り支援のための特別プログラムに130兆円の枠を設けました。また、従来通りイールドカーブコントロールのための無制限の国債買入れに加え、ドルオペを通じた潤沢な外貨供給を行っています。さらに、資産市場におけるリスク・プレミアムの維持、つまり金融市場の安定化を目的としてETFとJ-REITの積極買入れを行うことで、市場に大量の資金を供給し続けている状況です。
政府と日銀は、100兆円規模の財政予算、40兆円以上の財政投融資計画、そこに前述した金融緩和政策を加えることで、今回のコロナによる経済への影響を抑え込んでいるように見えます。これほどの資金供給を支える理論的な根拠はどこにあるのでしょうか。これらの政策は、果たして持続可能なのでしょうか。我々は、将来、何らかのツケを払う必要があるのでしょうか。多くの人々が不安を感じているのではないでしょうか。
近年、クローズアップされているマクロ経済政策として、MMT(現代貨幣理論)があげられます。MMTでは、自らの主権通貨を発行する政府は、その支出のために事前に収入を得る必要がなく、中央銀行が主権通貨を発行しさえすれば、政府による財政支出は自動的にファイナンスされる、としています。一言でいえば、「政府債務の貨幣化」です。これは、一見、日本において戦後に悪性インフレを引き起こしたことから、財政法第5条によって禁止された、日銀による国債の直接買取り(財政ファイナンス)と同様に見えます。しかし、ここではMMTが財政ファイナンスと同義、あるいはそれを前提としているかという議論は横に置いて、MMTの主張をもう少し見てみたいと思います。
現在、MMTを擁護する理論家、実務家の多くは、金融政策のみによる景気刺激策には限界があるという前提に立っています。一方、政府は事前の貯蓄や租税収入を必要とせず、主権通貨を発行することで、いくらでも財やサービスを購入することができるので、これを活用して機能的な財政支出を実現できれば、完全雇用などの目的を達成できるとしています。MMTでは、金融政策によって長期にわたる低金利を維持することができれば、主権通貨を発行する政府は債務不履行に陥ることは決してなく、政府債務はいかなる水準であろうと維持可能と考えます。
今回のコロナ禍では、全世界的に財政支出の目的が分かりやすく、その使途については誰もが納得できる状況です。つまり、コロナによって悪影響を被る企業や家計の救済のための資金供給や、想定されるマイナスの資産効果による負のスパイラルの予防という、社会的な意義のある支出に使途が限定される場合、前述のMMTとの相性は非常に良いと考えられます。
しかし、このように、良いことだけに見えるMMTに問題はないのでしょうか。次回のコラムではその問題点についても考えてみたいと思います。