第194回  < シンガポールにおける生活について >

近年、多くのヘッジファンド運用者が運用拠点、また、居住地としてシンガポールを選んでいます。法人税は、原則17%と低く、更に税率優遇の可能性もあります。また、所得税は最大でも20%に抑えられています。規制もしっかりとしており、政府も運用者の誘致を積極的にサポートしてきたことから、運用者にとっては、非常に魅力的な運用拠点となっています。過去にも、このコラムでは、アジアでの金融市場のハブであり、ヘッジファンド運用会社の拠点としての存在感を増してきたシンガポールについて取り上げてきました。

私たちも、様々なシンガポール拠点の運用会社と協業し、また、投資対象としての付き合いを持っています。彼ら、シンガポール拠点の人々に聞く、シンガポールでの生活に関する印象は、これまで、「安全」「清潔」「便利」「多少退屈」という単語で括ることができたような気がします。家族を持つ人々にとっては、政治的にも安定しており、医療水準、教育水準も高いシンガポールは、特に安心な国といえます。また、アジアのハブとして、日々の経済成長を実感できることも、精神衛生上、良いのではないでしょうか。金融業以外でも、日本の企業や富裕者層が、拠点をシンガポールに移すという話もよく耳にするようになりました。

このように魅力的なシンガポールですが、最近、現地で生活している人々にとって困ったことも増えているようです。その一つが、地価の高騰です。もともと狭い国土に対して、政府の積極的な移民受け入れ政策によって、この10年で人口は約4百万人から約5百4十万人と30%以上増加しており、なお、増加傾向にあります。好調な経済を反映して、失業率は低位で抑えられており、賃金所得も伸びています。その割に表面上の消費財物価は低く抑えられている印象ですが、日本を含むアジアの富裕者層が住居を購入するケースが増えたことで、地価の高騰は抑えることが出来ない状況です。公共住宅の建設も進んでいますが、所得差以上に住環境の差が大きくなっており、市民の不満も高まっているように思われます。

さらに、住宅価格同様に住民の頭を悩ませるのは、「自動車」所有の高コスト化です。世界で一番自動車を所有するコストの高いシンガポールでは、自動車を保有するために「車両取得権利」を持つ必要があります。1990年にシンガポール内の自動車の数量を抑制するために導入された制度ですが、一台の自動車を所有するために、現在では9万シンガポールドル(約740万円)の費用がかかります。更に、自動車の輸入税が20%に加えて登録料も高く、自動車の本体価格の何倍もの費用を支払うことになります。この車両取得権利は、有効期間が過ぎると再度取得しなおさなければならない上、年々価格が上昇しています。

経済成長と生活の質の向上の裏では、このような生活コストの上昇が起きており、前述の生活水準の格差の拡大という社会構造上の歪みも表面化しているようです。奇しくも2013年12月8日の夜、シンガポールでは、シンガポール人運転手が運転するバスがインド国籍の男性労働者をはねるという自動車事故をきっかけに、40年ぶりといわれる暴動が400人規模で起こりました。プラス面ばかりが目に入りやすいシンガポールでの生活ですが、成長が続く中、今後どのような方向に向かっていくのか、引き続き興味を持ってみていきたいと思います。