第181回  < 金融緩和の出口戦略について >

日米欧の金融緩和による景気刺激政策が続く中、景気回復の芽が最初に見えている米国では、現時点での金融政策の転換点、すなわち緩和的な金融政策の解除が議論の焦点になりつつあります。5月22日にはバーナンキFRB議長による経済委員会での証言が行なわれましたが、これまでの発言内容と大きく変わるものではありませんでした。労働市場とインフレ見通しに応じて、現在の資産買入れペースを減速あるいは加速させる可能性があるという無難な内容です。これまでの金融緩和政策が、耐久財の消費をはじめ、住宅販売や建設などにプラスの効果をもたらしていることに触れながらも、これらの効果が持続的なものとは断定できず、したがって金融緩和政策を継続するという趣旨の発言といえます。

また、これまでの資産価格の上昇については、当局は市場のファンダメンタルズと整合性がとれており、過度なレバレッジはどの市場でも見られてはおらず、現時点では、金融システムが不健全な状態にはないと認識しているようです。一方、金融機関の住宅ローン融資関連の貸出態度は極めて厳しいままであり、そのため住宅市場が健全な状態には至っていないとの認識を示しています。その上で、労働市場の動向と景気指標を踏まえたうえで判断を行なうという今回の議会証言は市場にとって概ねニュートラルに捉えられる内容だったはずです。

しかし、米国の足下景気指標が改善してきていることから、市場参加者は米国の早期金融緩和政策の解除、つまり出口戦略を想定しやすい状況にあります。FRBは今後、市場参加者の行動をにらみつつ、発言についても、従来よりも慎重な対応を迫られることになりそうです。今回、議会証言翌日の日本市場で、日経平均株価が1,143円という13年ぶりの下落幅を見せたことは、無関係ではないかもしれません。抽象的な表現ですが、市場にあふれ出している過剰な流動性が行き場を見定めながら動いているという状況といえます。

では、FRBが実際に資産買入れのペースを減速し、金融緩和の縮小を図るタイミングはいつごろになるのでしょうか。今回の一連の金融緩和の中で、失業率6.5%という具体的な数値を掲げて、市場に対して強いアピールを行なっているバーナンキ議長ですが、長引く金融緩和のマイナス点も十分に認識はしていると思われますし、周囲からのプレッシャーも徐々に大きくなるはずです。したがって、是が非でも今後1年から2年での景気浮揚を実現させ、失業率が実際に6.5%にならないまでも、7%を割込むところまでは現在の金融政策の手綱を緩めることは出来ないものと思われます。

また、FRBは米国単独の状況だけを見ていれば良いだけでなく、日本と欧州の状況に目配りをしておく必要があります。足下では円安効果で株式が堅調に推移している日本も、今後加速する債務問題を考えれば砂上の楼閣に見えます。更に、南欧という火種を抱える欧州の状況は予断を許さず、目先の金融危機の再来があるとすれば欧州から起こると考えるのが妥当です。米国単独では、エネルギー革命の恩恵もあり、明るい展望を描きやすい状況ですが、欧州や日本での問題が顕在化すると、FRBの身動きもとりにくくなります。しかし、現在賞賛を浴びている日本の金融政策が1年後に直面するであろう状況に比べれば、選択肢がある分、いくらか余裕があると思ってよいのかもしれません。

このような不安定な金融事情を踏まえ、ヘッジファンドは徐々に出口戦略に向けたヘッジポジションを構築しつつあります。いまだに利ざやを稼げる中小企業の貸出債権や流動性の低い住宅関連金融商品を買い漁る一方、ロングテールヘッジと称して各資産のプットオプションを仕込むというような姿勢が標準的な現在の運用者の姿かもしれません。しかし、5月23日に日本市場で見られた7%を超える株式市場の下落等は、市場の変動率が上昇するサインになりえます。個人的には、出口戦略を見越した市場の動揺は案外早い段階で起こるのではないかと考えています。