白木信一郎の「投資運用苦楽」

第303回 < SaaS(サース)提供型のビジネスモデルの時価評価について

フィンテック(Fintech)銘柄の最右翼として上場を果たしたマネーフォワードに続き、未上場企業ながら大型の資金調達を成功させている企業群を眺めてみると、クラウドサービスを展開している会社が目立ちます。それらの企業が提供しているサービスは、クラウド関連サービスの中でも、いわゆるSaaS(サース)といわれるものが多くみられるのが特徴です。

当社は日本ベンチャーキャピタル協会の賛助会員となり、同協会の総会に参加しました。その総会のプログラムのひとつのパネルディスカッションには、家計簿アプリをクラウドで提供するマネーフォワード社の辻社長、そしてクラウド上での名刺管理サービスを提供するSansan社の寺田社長が参加していました。両社とも日本を代表するクラウドサービス会社ですが、パネルの中で、SaaSビジネスモデルについて投資家の理解が不足している、という指摘がありました。言い換えれば、SaaSモデルでは赤字が継続する中で高い時価総額を維持していることの妥当性を、旧来型のビジネスモデルに慣れている投資家に説明するのが難しいということかもしれません。

SaaSはSoftware as a Serviceの略です。これまでの買いきり型のハードウェア、ソフトウェアをクラウド上で利用できるサービスです。したがって、利用できる分野は幅広く、生産、販売、物流、人事、労務、経理、会計、マーケティングに至るまで、あらゆる業界で、これまで書類やソフトウェアで管理されていたものがSaaSに置き換わるシーンが見られています。これまでの買いきり方のシステムやサービスに比べて初期コストを抑えられますし、メンテナンスやバージョンのアップデート等の面倒さから解放されるメリットがあります。更に、ネットを通じたサービスでは利便性がますます高まっているように思われます。例えば、これまで手入力していた経費の支払いを自動入力したうえに仕訳処理をするサービスや、送られてきたE-mailの内容を面談メモ仕立てにして管理、保存できるサービスなど、ここ数年だけでも新しい便利なサービスがどんどん登場しています。

SaaSを提供する企業はマーケティング費用および人件費が先行する傾向があり、売切り型のビジネスモデルと異なり、細く長い課金によって安定収益基盤を築くため、当初は比較的長期にわたって赤字が続くのが特徴です。先行する米国の同種企業でもベンチャーキャピタル等から多額の資金調達を行い足下の資金繰りを安定させつつ巨額投資を行い市場シェアの拡大を優先して売上成長を追い求めてきた側面があります。さらにIPOを契機に垂直、水平方向にサービスの領域を増やしたり、マーケティング、人材採用を加速させ更なる市場規模を追及している状況が各所で見られます。

このような長期の赤字状況にあってもSaaS提供企業の時価総額が大きくなりがちなのはなぜでしょうか。SaaS関連会社の評価に対して40%ルールが用いられることをよく耳にします。ベンチャーキャピタル等の企業の初期や上場前の成長期に投資を行うような投資家がSaaSモデルを評価する際、売上成長率と収益率(SaaSにおいてはマイナスが多い)の合計値が40%を超えていれば投資に値すると判断するルールのことを指しています。このルールは米国投資家、特にベンチャーキャピタルの経験則に基づき知られる様になったルールといわれています。収益率がマイナスであったとしても、十分に売上が成長しており、例えば売上げ成長率が年間60%で伸びていれば、収益率がマイナス20%であっても投資対象として好ましいということです。この際、収益がマイナスであるため、通常使われる利益やキャシュフローでの株価倍率を基準にはできず、売上高に対して何倍からの時価総額をつけることなりますが、近年は株式市場が活況なこともあり、SaaS関連銘柄には売上高にたいして10倍以上の値が付いているケースも見られます。

前出のマネーフォワードでは2017年11月期に前期比88%の29億円の売上高を記録し、2018年11月期の見込みを前期比50-60%成長の43.5億円から46.5億円と見込んでいます。一方、2017年11月の営業損失が8億円、2018年11月の損失見込みが5-8億円となっていますので、先ほどの40%ルールから言えば、前期は投資にあたっては十分に合格点であったとえいます。一方の現在の会社の時価総額が1000億円を超えていますので、今期見込みの売上高に対して20倍以上となっていることが分かります。高い売上成長がどの程度継続すると見込むかによって評価は変わってきますが、足下の状況からは相当高い期待が織り込まれているとみる事ができます。

米国で先行し、高い売上成長率と時価総額を体現しているSaaSを提供するビジネスモデルですが、売上成長の持続性と規模をどの程度だと想定するかによって、時価総額はいかようにも変化しそうです。既存型のビジネスモデルからの大きな転換のうねりの中で、SaaS型の幾つかの企業が市場シェアを伸ばしながら、高い売上成長を達成していくことは間違いないでしょうし、先行者メリットも大きな分野だと思われます。しかし、時価総額の評価にあたって売上高倍率(Revenue Multiple)を使わざるを得ないことから、想定される時価総額や市場価値の振れ幅は相当大きくなると覚悟するべきかと思います。今後出てくる大型IPO銘柄にもSaaSモデルが多く含まれていることから、市場のボラティリティの上昇を予感しています。

あけぼの投資顧問株式会社 CEO兼CIO

ロンドン・ビジネススクール卒
1990年代はじめから債券投資、運用業務を経てヘッジファンド及びプライベートエクイティファンド等のオルタナティブ資産への投資を担当。ヘッジファンドの投資戦略に詳しく、セミナー、コンファレンス等において講師もつとめる。
AIMA(オルタナティブ・インベストメント・マネジメント・アソシエーション)日本の副会長。

著書:
[完全版]投資ファンドのすべて(2014)」金融財政事情研究会)
投資ファンドのすべて(2006)」(金融財政事情研究会)