第416回、417回統合版  < バイアウトファンドの適正なレバレッジについて > 

PEファンドが企業をバイアウトすることで高いリターンを上げることが出来る要因として、ファンドが対象企業を安く買い取ること、買収後に起業の経営に関与して売上や利益を向上させること等は分かりやすいのではないでしょうか。しかし、バイアウトファンドの収益の源泉として、レバレッジ、すなわち借入が大きく寄与していることは、直観的にはわかりにくいかもしれません。国内と海外ではファンドによるレバレッジの水準が若干異なりますが、最近のバイアウト市場では、EBITDAに対しての負債が約7倍、負債を企業価値(株主資本 + ネット負債額)で割った値は50-60%で推移しているようです。

一般的な企業では、財務レバレッジ(総資本÷自己資本)をある程度高めることでROE(自己資本利益率)を上昇させることができます。「ROE=当期純利益÷自己資本=売上利益率×総資本回転率×財務レバレッジ」という式からわかるように、自己資本を低めて借入を増やすほど会社自己資本に対する利益率は上昇します。厳密には、財務レバレッジを上げると支払利息の増加による法人税減税の効果も生じるため、節税効果のメリットも生じます。しかし、金融機関が自己資本比率に制限を設けているように、高い財務レバレッジは会社の倒産リスクを増やすことになります。このような財務レバレッジの適正な水準は業種によって異なりますが、一般的には2倍程度が適正値と言われています。

一方、バイアウトファンドは企業買収を行う際に、金融機関などを通じてLBO(レバレッジド・バイアウト)ファイナンスを利用することで投資効率を向上させます。LBOファイナンスを活用することで、バイアウトファンドは自らの株式投資の金額を抑制することができ、結果としてリターンを向上することが可能になります。もちろん、レバレッジのためのローン部分は、買収後の企業の負債として計上されるため、当該企業の財務レバレッジが大きく増加した状態になります。したがって、バイアウト後の企業は高いROEを出せる状況であるとともに、高い財務レバレッジによるリスクの高い状況になっていると予想されます。

バイアウトファンドの買収時のレバレッジ指標としては主に(1)D/Vレシオ(負債/企業価値)と(2)レバレッジ・レシオ(負債/EBITDA)が使われています。D/Vレシオについては、買収対象の規模が大きく、売上・利益成長は低いかわりにキャッシュフローの予見性が高い企業に用いられ、買収時のEBITDAマルチプルは低い傾向にあります。一方、成長率の高い企業に対しては、レバレッジ・レシオが用いられています。金融危機以降、高いレバレッジ・レシオで計測される買収が増加した背景には、成長企業に対する買収の増加が寄与したと思われます。

バイアウトファンドがLBOファイナスを活用して買収を行った企業の財務レバレッジは、通常の上場企業のそれよりも高いと考えられます。バイアウトファンドはリターン向上のため高いレバレッジを活用する傾向にありますが、何故でしょうか。エージェンシー問題を使ってこの理由が説明されることがあります。所有と経営の分離がなされている上場企業では、企業倒産のリスクが高まる多額の債務を嫌う株主と、ROEを上げる責務を負う経営者の間に意識の相違が存在し、利害の不一致が見られます。一方、株主と経営が実質同一になるバイアウト後の企業においては、投資のリターン最大化を目的として、ROE向上を目的とした債務の増加と多額の債務を返済するためのEBITDAの押し上げが、関係者全員の合意のもと行われ、その分成功の確率が高まるという考え方です。

このように、バイアウト案件への投資が上場株式投資に対して高いパフォーマンスを実現できる理由の一つとして考えられるレバレッジですが、これはレバレッジを前述のD/Vレシオで見るか、レバレッジ・レシオで見るかによって異なるようです。様々な統計値を調べてみると、高いD/Vレシオの案件パフォーマンスが良好なのに対して、高いレバレッジ・レシオの案件のパフォーマンスは平均値を下回ることが多いようです。これは、高いDVレシオの対象になる企業が前述のようにキャッシュフローの安定した大企業であり、買収時に比較的低い買収価格(低EBITDA倍率での買収)、高いレバレッジ・レシオの対象になる企業が高い成長性を持つ一方、リスクの高い企業を高い価格で買収しているためではないかと考えられます。

買収対象企業の業種や時期によって適正なレバレッジは異なります。また、LBOファイナンスを提供する主体の変化によってもレバレッジのレベルが変わります。グローバルの市場では、過去には銀行や投資銀行による証券化商品であるハイイールド債によるものが大半だったのが、近年ではプライベート・クレジットファンドの登場によって、レバレッジの提供者の幅が広がりました。しかし、日本においては未だにメガバンク、地銀などの金融機関によるファイナンスの提供が大半を占めています。様々な条件を均してみると、債務と企業価値の割合であるDVレシオについては、約0.5倍超での買収、その後、倍率を0.1倍超下げて売却を行うことで良好なパフォーマンスを実現するケースが多いように思われます。一方、債務とEBITDAの割合であるレバレッジ・レシオについては、5倍から6倍程度が適正ではないかと思われますが、こちらは企業の個別性によるところが大きいようです。

日本でもバイアウトの事例が増加していますが、パフォーマンスのカギを握るレバレッジについて、これからも様々な観点で検証を続けていきたいと思います。

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