第155回 < 米国出張報告 (3)  >

前回から間隔が空いてしまいましたが、2月の米国出張時の報告を完結させたいと思います。前々回のコラムでお話したように、2012年に入ってからの好調な市況に支えられ、米国の運用者の大半が強気に傾く中、ポジティブな材料は幾つかありました。しかし、一方では面談を通じて気になった点も幾つかありました。以下にあげるポイントは、金融緩和というカンフル剤の効果が薄れた後、ファンド運用もしくは金融市場に対してマイナスに働く可能性のある内容と思われます。

(1)グローバルな金融規制による銀行資本のリスク回避

2008年の金融危機以降、先進各国が取組んできた金融規制強化が様々な形で金融市場に影響を及ぼしつつあります。2009年からG20(地域首脳会議)サミットやIOSCO(証券監督者国際機構)の場で継続的に議論された2008年の金融危機への反省を踏まえた規制強化の各論が、現場レベルで実行に移されつつあります。特に、銀行にかけられる自己資本比率に係わる規制であるバーゼルIIIの施行と米国のドット・フランク法の適用開始によって、金融機関のリスク許容度が減退しています。ヘッジファンド等の運用会社に対して直接かけられる規制は現時点では限られていますが、リスク資産を供給する銀行、証券会社のリスク許容度の低下は、市場の流動性低下とヘッジファンド等に対するレバレッジの低下を引起す可能性があります。具体的には、銀行の貸出が絞られることにより、全体的にレバレッジ抑制が起きます。これ自体は、市場の振幅を減らすことに資することですし、投資ファンドへのレバレッジ供与や銀行の自己資本勘定での過度なトレーディング抑制に的を絞ることが出来れば、基本的には正しい方向だと考えています。しかし、銀行が企業金融抑制を行い、規制に伴い滞留した過剰資金を「安全資産」である国債に振り向けることで別の大きな問題が生じてきます。結果として、市場における期待リターンを押下げる方向になりそうです。

(2)新興国債券への強いニーズ
米国で話した運用者や投資家の大部分は、先進国から新興国資産、しかも債券の投資割合を増加させる方向性を持っていたと思います。考えればあたり前の話ですが、恒常的な経常赤字やマイナス成長間近な先進国の財政状態と、(高い)プラスの成長率と健全な経常黒字の状態の新興国を比較すれば、自ずと新興国投資の比率が高まります。これまでは、小規模で低い流動性であったことや、市場の整備が出来ていなかったため資金の流れは限定的でしたが、ボリュームが増え、市場も整備されてくる中、各新興国市場に対する投資割合は順調に伸びています。しかし、市場の発展と膨大な量の資金流入が必ずしも釣り合っているとは言えず、中国やインドをはじめとする新興市場における投資関連のトラブルは増加傾向です。ニッチ市場を探し出し、高い利回りを追求することがヘッジファンドの本領ですが、情報も非対称性が薄れてきている昨今では、一般的な投資家でも、さほど時を置かずにヘッジファンドと同様の取引機会を持つことになります。各種新興国債券を対象とした国内外での投資信託の設定も多く見られます。急速な資金流入による金利押下げがバブルを形成し、現在の先進国では発生しにくいレバレッジを新興国で誘発しているようにも見えます。

(3)既存運用対象の投資期待リターンの低下と高リスク商品への需要
2009年以降、市場の変動率は大きく低下し、米国国債格下げのあった2011年8月以降も急速に市場変動率は低下し安定しています。そのような環境下で、高利回りの金融商品に対して膨大な資金が比較的短期間に流れ込む状況が加速しているように見えます。米国の年金基金は7.5%以上の目標リターンを掲げていますが、現在の米国の低金利状態を踏まえれば、かなり厳しい目標となりつつあります。日本の年金基金でも同様の問題が発生していますが、目標利率を下げられない中、市場の期待リターンや実質のリターンが低下することで、投資のガバナンスや自律が崩れ、資金が高リスク商品へ向かいだす可能性も考えられます。

(4)一部ファンドでのレバレッジ復活
前述のように銀行などの直接規制の対象になっている金融機関では、ファンドへのレバレッジ供与は難しくなっています。一方で、規制の対象にならない金融機関などでは、競争相手である銀行の脱落をビジネスチャンスとしてレバレッジの供与を行なう可能性があります。特に規制の限定的な新興国においては、資金の貸し手は十分に存在します。もちろん、中国における不動産など、新興国においてもレバレッジに対する規制が厳しくなっている分野も見られますが、市場の好転とともにレバレッジの復活の兆しはあちらこちらに見られます。

(5)大手ファンド運用会社でのビジネスモデルの変化
最後に、今回の出張で顕著だったのが、大手のヘッジファンドやプライベートエクイティファンド運用会社の更なる大型化と、ビジネスの多様化です。前述のように銀行などの金融機関への規制と同時に、ヘッジファンド運用会社への登録制への移行や投資家への金融商品提供への規制などが随時強化されています。それらの規制に対応し、また、多様化する投資家層や投資商品への要望に対応するために、運用会社自体もビジネスを進化させる必要性に迫られています。小型で柔軟な対応が可能なことがヘッジファンドの強みの一つでしたが、時代とともに、その存在自体が一般化することで、大型化、多様化へと変化が見られます。ヘッジファンドやプライベートエクイティファンドの運用会社でも大規模な会社は既に運用資産が2兆円を超すところが増えてきています。既存の株式や債券買持ちの大手運用会社にも迫るヘッジファンド運用会社は今後増えていくと思われますが、一方で、かつてのヘッジファンドの持味であった、臨機応変にニッチ投資分野に対応できる存在は減っていくとも思われます。投資家の需要、規制を含む市場環境、投資機会などの要素の中で、様々な綱引きが行なわれながら変化していく運用業界の中で、我々もそれらの状況に目を凝らし、リターンの確保と健全なガバナンスを維持した運営を続けて行きたいと思います。