三社祭の運営とファンドの運営に見る、偉い人の考えにそう違いがないという事実

私の住む浅草の5月の中旬といえば、泣く子もはしゃぐ三社祭一択です。前回の記事でも書きましたが、今年も皆で担ぐ、なんてことは出来ませんが、浅草神社の御神体である三体のお神輿は日曜日に浅草の氏子50町会を渡御しますので、お時間の許す方はぜひに浅草までお越しいただければと思います。と、書いていますが、これをタイムリーな週末の始まる金曜に読んでいる方はほぼいませんので、来年の5月には是非に、位にしておきましょうか。ちなみに、こんなことを書いている私ですが、いつものように書いているのは日曜の昼前、しかも、神社から朝7時過ぎに、宮出しをした三体の御神体を町内渡御に引き受けて、青年部の方達が台車に乗った御神体を押して三町会を渡御する横を警護というお役をおおせつかって一緒に歩いて、言問通りの向こうの、次の町会連合に引き渡して気付けば朝もまだ9時、でも1日の仕事も終わったー、というモードでお送りしておりますので、来年、もし早起き出来る方がいらっしゃったら是非、二天門前で僕と握手!ということで。

一の宮をこんなに間近で見られるなんて。。。
一の宮をこんなに間近で見られるなんて。。。

お祭りは神輿だけじゃなく、ということは仕事もたくさんありまして

さて、お祭りのメインはこの御神体のお神輿が渡御する日曜日だけ、なんて思う方も多いのですが、実は金曜から今年だと神輿への魂込めとか、通常ならば舞の奉納とか色々とありまして、土曜日は普段ならば50町会の町会神輿と子供神輿など、単純計算でも100の神輿が観音裏。。。というとわからないか、浅草寺の裏手に集結しては、昼過ぎに浅草神社のお社の前でお祓いというか魂入れをしてもらっては町会に戻って町内を練り歩く、というなかなか100もの神輿が集まるのを見るなんて壮大な風景見られる機会があり、日曜は、朝の早い時間から御神体を神社から出すのに大騒ぎして、そこから順番に町会をあちこち渡御しては、日暮れ頃に戻ってきて、また戻したくない担ぎ手たちが大騒ぎしながらお返しする、なんて長い1日があって、今年ですら、いくつかの町会では子供神輿くらいは出そう、なんて朝から担いでいた町会もありました。まぁ、これも、子供用のはっぴを作ったはいいけど、よその子供と朝がおの花は成長が早い、なんていうように、作ったはっぴが数年で着られなくなるので、流石に3年やらないのは困る、なんて声があがったとか上がらないとか。という色々な皆さんの思惑で日曜が終わるのですが、お祭りをちゃんと〆るために、月曜には直会と言って閉会式のようなセレモニーもやるわけです。

とはいえ、これだけでも十分盛りだくさんではありますが、お祭りの数々のイベントの準備には数ヶ月前から、町内会やその婦人部、青年部といった人たちが、やれ、この日はどのルートで行く、誰が何を担当する、神輿用の休憩の時に出す子供のお菓子に大人用の水分はどこでどれだけ仕入れる、(もちろん、奉納金をどこからいくら持ってきてもらえる?)なんて話をし、当然、お祭りの中心になる奉賛会など偉い方々は町会間の調整やら全体のスケジュールやら公道をお神輿が通るのでその調整を地元の警察署と調整したり、いざって時のために消防署と段取りつけたり(あまり知られてませんが、お祭りの時には、花棒の取り合いのケンカから、担ぐことと全く関係なく祭りの空気に酔って飲みすぎた酔っぱらいまで、色々と出動する機会も増えるので、消防署の建物の前にテーブルを出して準備してくれているんです。)、宮出しや宮入りの際に人が集まりすぎると危ないから、とバリケードを周辺に立てる算段をつけたり、(もちろん、どの町会からいくらくらい奉納しそう、という算段を立てたり)なんて話もしつつ、その横ではお祭りを盛り上げるお囃子を担う人たちもずっとこの週末のために笛や太鼓などの練習に明け暮れて、担ぎ手の少ない町会あたりだと毎年来てもらっている担ぎ手の集団に声をかけなきゃとか、そういう段取りをつけたりつけなかったり、あちこちでみんなそぞろな気持ちで随分前からこの週末のための準備してきています。

ん?これって会社やファンドの運営と変わらない?

でも、言ってしまえば、みんなほぼ毎年変わらぬ面々で、自分の忙しい日常の合間に集まっては、毎年ほぼ同じことを色々手分けして準備してます。時々、青年部と言いつつ既に60前後になったから、町内会の方にくるか、なんて人事異動があったり、町会長が引退したから新しい町会長になったので段取りを付け直し、とか、誰それが最近足腰の調子悪くて祭りに出られないから、代わりはいないか、とか、あの人どうもよそに引っ越したらしいよ、どうする、ここの休憩所の差し入れ、毎年出してくれたのにいなくなったんじゃあ、しょうがない、なんて、まぁ、そんなことを毎年毎年、微妙に違うけどほぼ同じように、なんとかやりくりするのです。

で、こんな春の日のバタバタは、といえば、多分、この界隈で同じ時期に毎年祭りを開催している秋葉原の神田明神さんの周辺でも下谷から鶯谷あたりの下谷神社の周辺でも、6月に入れば浅草のちょっと南の、最近じゃあ、おしゃれなデザイナーの街なんて言われるカチクラこと御徒町から蔵前にかけてのエリアにある鳥越神社も多かれ少なかれ、というか多分同じようにバタバタ町内会から連合会まで、あれこれご苦労されているのだと思います。これが、さらに南に降りた富岡八幡宮ですと3年に一度(でも、去年は残念ながら見送りになりましたよね)、水掛祭りなんていう町中が水浸しになるかなりワイルドなお祭りで本祭を行いますし、浅草はやりませんが、我が出身の足立区の、私の育った西新井からさらにハズレの方にある、頑張って石を投げるとパー5で確実に埼玉県草加市に届くあたりにある大鷲神社だと12年に1回本祭を執り行うので、本祭に向けてみんな数年から12年分のエネルギーを使いつつも、前回どうやったっけ、なんて悩みながらやっている、というのに、毎年繰返し祭りへの愛のエネルギーをぶつけるって大変じゃないの、なんてそんな大鷲神社の氏子でもあった近所の(ということは石をちょっと頑張って庭から投げると、かの有名な綾瀬川を超えて埼玉県八潮市に届く)高校時代の某悪友に言われたこともありました。とはいえ、毎年毎年やってなんぼ、祭りと喧嘩と家事手伝いは江戸の華、なんて言います(?)のでまぁ、大変だぁ、なんて言ってもいられないのです。

合理主義な21世紀の産物:アウトソースって楽じゃね?って思考

とはいえ、今は21世紀。情報社会で合理主義がまかり通る血も涙もないこの時代、既にあれこれ書いた通り、3月くらいから6月くらいまで、少なくとも秋葉原から下谷、浅草、鳥越あたりまで、みんな揃って同じようなことをするのだし、範囲を広げると、場所によっては数年から10数年ごとに同じことをするから、人間やることなんて大体似通っているわけだし、そういう町会の段取りを代行してくれるような専門業者がいて、そこにアウトソースしたら楽なんじゃないの?って言いそうですよね。特に、お祭りのような泥臭くて古臭い土地の催しに縁もゆかり以上に興味もなさそうな、お高く止まった高学歴と良いお育ちをフルに生かした、頭のよろしいファンド業界の、中でも特に投資関係の合理主義な方達あたりですと、サクッと一言、大事な時間はお金で買ったらいいじゃない、的に。

まぁ、実際に昔なら婦人部のお母様たちがあれこれおかずとか持ち寄ってくださって町内会の事務所で美味しくいただくお昼なんてのはそれをみんなでワイワイ楽しくつついたでしょうけど、今は近所のあのお店やこのお店の仕出し弁当を何時に持ってきてもらって、なんてのをたのしそうに、でもお金に厳しくやってますから、当然、アウトソースなんてのは多少はやっています。でも経理から神輿の管理・運営、などなど、町内会のみんなで協力してやってるんですよね。。。なんででしょう。

で、それ以上に、そんな合理主義の塊にも見えるファンド業界の皆さん、それなら自分のところのファンドの運営業務だってあれこれアウトソースしたっていいし、したら超楽できるんじゃないの?的な議論になる訳ですが、どうもファンド事務だけは自前が多い。実際、投資信託からヘッジファンドのような流動性の高い資産を扱う運用戦略ですと、今や普通にアウトソースしているのですが、どうもプライベート資産の世界、特に日本ではまだまだ、という雰囲気がありまして、まぁ、今回は、#カリスマファンドアドミまたは史上最強のコントローラー見参 ということで、運用する側と事務を受ける側の両サイドを経験した観点で、アウトソースした方がいい?運用チームで内製化した方がいい?という話をしたいと思います。

なぜ、ここに業務が発生する?

まず、なぜ、ファンドの運営事務をGPというか業務執行組合員というか、投資を主体的に行う人(今後は面倒なのでひとまとめにGPと呼びますね)が行うのか、から入っていこうと思います。ここまで、この「#カリスマファンドアドミまたは史上最強のコントローラー見参」ブログシリーズで組合とか信託とか、そういったファンドの法的な構成について敢えて触れずにこのシリーズをやってきましたが、これを話すだけでブログをそれぞれのスキームのために3つほど書けることは個人的な方のブログで実証済みなのでそちらにある、組合編と、信託編と、会社編をそれぞれ参照いただくとして、特にプライベート資産の投資ですと、その投資手法や投資機会の特性上、一般的には組合形式になりますので、その組合の投資行為を含めた、本質的な組合運営がGP、要は資産の売り買いをしたい人、がやりたいから、他の有限責任組合員などの投資家さんに出資してね(でも、口は出さないでね)、と受け身に投資機会に参加してもらい(投資対象となる資産は、組合を通じた共有となりますし、仮に組合で借金でもしたら共同での責任を負うことになります)、投資をしたい人がまず組合の組成から運営まで(そして最後には閉鎖・清算まで)行うことになります。いわゆる、言い出しっぺが責任を取る理論ですね。としたら、当然、お金の出入りを促すところから、お金の出入りを管理して、投資対象になる資産の取得や保有、売却などの手続きや記録、管理も、投資をやりたいGPなどの立場の人が、とはいえ組合としての名義に基づいて当然にやって然るべき、ということになります。

ここは、資産の保有主体を受託者/trusteeといった、資産の売り買いをしたい人や投資をしたい投資家といった人たち以外の第三者に委ねる場合とまずスタートラインが異なるのが見えてきます。世の中の人がそこそこ好き(か、老後の年金の資金確保と税制上のメリットを考えて、iDeCoで仕方なく使わざるを得ないよう)な投資信託という投資スキームでは、売り買いをしたい(それで報酬を欲しい)運用会社と、資産の保有主体となる受託者やtrusteeと異なる主体ですので、ファンド商品の企画を運用会社がしたとしても、資産保有や保全、売却の時の作為(または敢えてしない不作為)の責任は資産保有者であって、その資産の取得・売却の業務を請け負う運用会社にはその責任が一義的にはないのです。

皆さん、資産運用の(黒)歴史のお時間ですよ

また、海外の資産保有主体は本当に保有のための名義人にしかなりませんので、投資判断は当然のこと、その資産等の保有手続きや管理・運営、さらにはその持分の保有者管理などは、資産保有主体以外の誰かを任命する必要が必要になりますので、その運営事務についてはアドミニストレーターが、資産保有ならばカストディ、投資家管理ならばレジストリーが、それぞれ必要になってくるのです。元々、この考え方は、古くは、船舶の保有、所属国の登録、その日々の運営から、その船舶の保有会社の設立、管理・運営といったものが、その出資者のいる場所から遠く離れた、著名な寄港地(香港やシンガポール、バーミューダ、パナマ、キプロス、モーリシャス)あたりで、出資者たちの信頼を維持する形で行われてきたことや、資産管理の事業が、歴史的にそれを必要としたヨーロッパの資産家たちの生活拠点から離れたヨーロッパの中の中立国であるスイスに一旦集まり(いわゆる貴族の一族が、自国に資産があると何かの政情不安の際に没収されると困るので国外の信頼のおける場所に資産を隠していたってやつですね。もちろん、AMLとかtax erosionとか20世紀までには当然そんな言葉も存在しなかったからとやかく言われることもなかった訳でして、あとはそれに見合った資産さえあれば出来た、訳です。それをガラス張りの情報社会である21世紀に同じように資産隠しなんかをしようとすると、なんちゃらペーパーなんていう弁護士事務所あたりの顧客リストを盗んでばら撒く下世話でゴシップな輩たちによって世に知らしめられる、という顛末になる訳です)、資産運用自体をそのお隣のルクセンブルク、そしてそこから派生したケイマン諸島やBVI、これまたバーミューダあたりを経由して行われてきたことが、これらの国でのファンドの法制度会計制度、その実務の集積によるスキルの向上などによってそれぞれが高度化して今のような形になった、という歴史的な背景も後押しして、海外のファンドを組成するときには最初から分業化を前提として行うことになるのです。

JID (Japan Is Different)、もしくはガラパゴス化の理由を一言でいうと

それに対して、日本の場合、信託法と信託業法が、信託として資産を保有・管理・処分するにあたっては、受託者がまず自己で出来ることを求めているので、受託者が資産の保有名義を当然提供するのと同時に保有・処分するための手続きも出来ないといけない(しかも善良なる管理者としての注意義務を負うので、自分が資産を取得・保有・処分するのと同等の、ということは金融機関並みの、高度の事務の正確性を求められる)ので、投資信託が発達した日本では、その前提で信託銀行が業務運営も、資産保有のためのカストディも、投資家管理も、なんでもかんでも一手にやる、ということになってしまうのです。

こうなってくると、日本にいてしまうと、投資家のための資産保有主体でありその資産の取得判断・管理・売却に責任のある組合からすれば、その運営の中心となるGPが資産の取得・保有・売却を責任もって行うというのが信託スキームの受託者よろしく、全部やるし全部やらないといけないんじゃないか?と思ってしまいそうです。それもあって、日本でそのような(投資のための)器の管理を専門に業として行う、ということをしていたのが、信託のための信託会社と、主に不動産ファンドのための特別目的会社と呼ばれる合同会社に対して会計事務所が経理処理等の延長で行ってきた、あとは、ベンチャー投資をおこなってきた幾つかの会社さんがそのファンド管理の事務を分社化してあまり目立つことなく行ってきた、というのが事実上のお話ではあったのです。

業務のアウトソース、あり?なし?

歴史の勉強はここまでとして、では、ファンドの運営業務のアウトソース、ありかなしか、を考えてみたいと思います。

もし、海外ファンドを作って海外投資家を招き入れて投資行為をしよう、と考えるならば、あり、というか、事実上すべき、というか、せざるを得ない、が現実だと考えられます。ケイマン諸島のケースで言えば、今やプライベート資産の投資は Private Fund Actという現地法に基づいてファンドの登録が必要となり、登録時にはアドミと現地監査人の任命を届け出る必要があります。また、ケイマン諸島でファンドを作るとなるとexempted limited partnershipでの設定になりますが、この前提はケイマン諸島の居住者による参加は不可となっていますので、投資家は全てケイマン諸島の非居住者から構成されることになります。とすると、非居住者の情報はCRSによりケイマン諸島の税務当局のポータルにファンドとしての年次報告が必要になり、これと同時に米国IRSへのFATCAに基づく年次報告も必要になります。ついでに言えば、当然ケイマン諸島におけるAML Regulationsに基づくAMLCOやMLROなどはケイマン諸島の現地での当局報告が可能な、経験のある人が任命される必要がありますので、日本である程度やったから形式上の対応だけしてよ、なんて適当な付き合い方をしてくれるところはまずなくて、AMLのプロセスを自社グループで行うから、責任もって報告できる、という体制づくりをしないといけない状態になっています。
それでも、まだケイマン諸島籍のファンドはまだマシです。アドミとか実際のAMLの作業とかを島の外で行ってもファンドの税務的なメリットをまだ享受することが可能です。アイルランドやルクセンブルク、シンガポールに香港などになると、現地の居住者がGP会社のディレクターとしていないとダメ、アドミ業務も国内の業者さんを使わないとダメ、などその国にちゃんと雇用を(そして税金が落ちるように)作らないと許してくれないのです。

日本での実情でも

ということで、どうやら、インハウスで頑張りたいオプションも持ちたいなら日本国内のスキームだけ、になりそうです。

実際、世の中のプライベート資産のファンドのうち、不動産を除くとインハウスが主流になっています。先ほどのGPとして全部頑張れ、があるからですが、全部頑張ろうとすると何が起きるか、というと、会計、税務、金融商品取引法、犯罪利益移転防止法(AML/KYC)、場合によっては外為法、独占禁止法、などといったどれひとつとっても専門性がないとやっていけない法律等の遵守をGPのチームの事務担当の一人二人が、血と汗と涙と根性で出来るか、といえば、まぁ無理ですよね(ええ、事務部隊に10人も雇えて、一人が税理士、一人が弁護士、一人がAML/KYCのスペシャリストで、なんて会社、多分国内にはあっても一社あるかどうか、です。そこまでコストを掛けてファンド運営するにはそれなりのファンドのサイズが必要になりますが、そこまで育った会社さんって、国内独立系では。。。ないですよね、たぶん)。ある程度、時と場合によって新しいことがあれば外部の弁護士さんとか税理士さんとかのサポートを受けてこなしていけるからなんとかなる、という言い訳も時々ありますし、小さいチームだと現実としてそれで乗り越えてきているわけですし、そうやって人を育てていかないとGPとしての持続可能的な成長もできない、なんて話にもなるのも確か、です。ですが、経験から学ぶ、となると、常に新しいことが(10年に一度、とかいうことがポンポン)起こる21世紀ではついていくことにも限界がありそうです。なかなか他社さんに事例を聞くのも聞きづらい、という話も実際にはあります。そもそも、業務サイドに来たがる人、少ないんですよね。だからこのようなアドミ養成ブログを始めないとまずい、って思ったのですから。。。

金融に限らない、アウトソースの幻想と現実

じゃあ、アドミニストレーターに事務代行をお願いしたら、全てから解放されて、GPの事務部隊を極限まで軽く出来るか、という経営サイドの夢について残念なお知らせを。もちろん、アドミニストレーターには複数のファンドからの業務を請け負うことになりますので、GP一社一社の新しい問題というのをより多く体験し、集約して解決する機会が増えるので、より経験値と解決法を持った高いレベルの業務を提供してくれる、のは事実です。しかも、一社で導入するにはコストのかかる事務管理システムやAML対応のためのシステムなども導入していきますのでこの辺りのリソースを間接的に利用できる、というのもメリットです。それ以上に、自分で投資判断して、それを自分で資金を動かして、というと、第三者による関与がないことで、本当にその投資をしているのか?という自作自演の疑義をされ得る場合だってあります。幸い、今までプライベート資産のファンド運用でこの手の詐欺案件が聞こえてきていませんし、基本的にはコールをかけたらその資金はプレスリリースで流すような投資にほぼ全額回っているのだから目的以外の使途で使われることなんて考えられない、という反論も過去何度も聞いてきました。ええ、今までは、ですし、今までの市場参加者はそれだけちゃんとした人しかいなかった、という結果に過ぎません。その目的のために入れる、という一択の理由にすることはまずないのも事実です。

とはいえ、なのです。どのビジネスにも言えることなのですが、アウトソースは、丸投げでその後を放置してもいい、という意味ではない、のです。

ソフトウェアを書いたことのある人ならわかると思いますが、ある程度定型化された処理は予め関数として使えるようになっていますので、正しい変数を正しい形で関数に入れることで初めて意図通りのアウトプットを得ることができます。これと一緒で、業務を社外に任せる、というのは、事務をしてもらうための適切な情報を渡して初めて半分仕事が終わったことになり、またソフトウェア言語のライブラリのようにアウトプットのクオリティが分かりやすいものではないので、どうしてもその結果を見て、評価して、必要によってはやり直しの指示(とその背景や修正方法などの指示)が、必要になります。もし情報取得まで任せる、となると、情報提供元が正しく時間通りに提供するように段取りをつけるところもする必要があります。ということは、アウトソースするならするなりにその業務を理解して評価することができないと困る、のです。また、依頼する仕事も定型的なものではあれどだんだん複雑化を辿っていきます。また、それをそもそもアウトソースできるのか、という判断も必要になります。業務を受ける側も、当然、法律等の都合から受けられるものと受けられないものとがあるため、受けられないものについては別の先を探す必要になります。そうなると、その問題の本質を理解して、依頼する先を判断して振り分け、事情を説明する能力も問われてきます。そして、一番大事だと感じることですが、仕事の期限を管理するのは依頼する側です。丸投げして、期限の日にいきなりできてません、ってサプライズほど辛いものはないですよね。とすると進捗管理というリスク管理も必要になります。いわば、アウトソース先とのプロジェクト管理能力とコミュニケーション能力をコントローラーには問われることになります。

コントローラーの必須能力とQoLという限界?まとめに代えて

あれ、気づいたら必要とされる能力がさらに追加で問われましたね。そこまでいうなら、むしろ自分のところで抱えてやったほうが早くないか?という話ですが、自社にチームを抱えてもやっていることもビジネスリスクの管理ももはや一緒です。としたら、アウトソースして固定費に変えるか、チームで抱えて人件費という変動費に会社運営に頭を抱えるか、という話になり、もうひとついうならば、仕事を依頼している間に別の外部に出せない仕事が出来る、労働基準法に求められる程度にまで事務担当の業務時間を減らすことができて従業員の満足度と定着度が上がる、という結果を求めることも忘れてはいけません。>ということで、グループのテニス部まで面倒見ている私の労働時間と疲弊具合もそろそろ気づいてくださいね、社長!

現実に目を向けると、アウトソースの受け皿となるファンドアドミの専業会社さん、まだまだ国内には数が少ないのも事実です。でも数が少ないから任せられない、という意味ではないですし、それらの経験値が上がればその分信頼度の高いビジネスになり、数も増えていくことになるので、実はファンド業界全体で業務に関連する問題として捉えて解決するアクションの一つとして育成ということを念頭にアウトソースを行うのも大事なのではないかな、と思っていたりします。(大鷲神社の12年に一度、さらに長い話でいえば伊勢神宮の遷宮は20年に一度、正倉院ではまさに100年に一度、で前回何やったか忘れてしまいそうですが、それでも記録と記憶でやることで次世代に引き継ぐのと同じで)毎年三社祭が行われて、各町会で役員さんたちが毎年ご苦労して祭りを行っていきながら次の若い世代の人たちに引き継ぐのと同じで、何事も繰り返し行う機会を増やすことで引き継いでいくことは、何においても大変ですが、やらないと途絶えますからね。あとはそれをどこでやるのか、に尽きるのかもしれません。

お後がよろしいようで。